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神戸地方裁判所 昭和41年(ヨ)256号 判決 1967年7月05日

債権者 笹井俊司

右代理人弁護士 井藤誉志雄

同 田中唯文

同 川西譲

債務者 株式会社神戸製鋼所

右代表者代表取締役 外島健吉

右代理人弁護士 永沢信義

同 山田忠司

同 畑良武

同 渡部良昭

主文

債務者は債権者を債務者の従業員として取扱い、かつ、債権者に対し昭和四一年三月一日以降毎月末日限り一ヶ月金二万四、一七五円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は、「債務者は債権者をその従業員として取扱い、かつ、昭和四一年三月一日以降一ヶ月金二万八、〇〇〇円の割合による金員を毎月末日限り支払え、訴訟費用は債務者の負担とする。」との裁判を求め、その理由として、

一、債権者は債務者会社神戸工場に勤務する従業員であり、昭和四一年二月末日当時の平均賃金は一ヶ月金二万八、〇〇〇円であり毎月末日に賃金の支払をうけていたものであるが、昭和四一年二月二五日、債務者会社から労働契約は同月末日をもって終了し、以後契約を更新しない旨の意思表示を受け、三月一日以後の就労を拒否されている。

二、しかし、右更新拒絶の意思表示は次の理由により無効である。

(一)、債権者は昭和三四年四月債務者会社に入社の際、二ヶ月の期間を定めた労働契約を締結したが、二ヶ月の期間満了後も引続いて就労し、爾来右契約は当然に更新され、また、名目は定期工であるが七年もの長期間にわたって引続き債務者会社に雇傭せられ、かつ、作業内容も本工と全く同一である実態に照らすと、本件労働契約は期間の定めのない労働契約というべきであるから右更新拒絶の意思表示は法律上解雇の意思表示と謂うべきである。しかるに本件解雇は就業規則に基づかないでなされたものであるから無効である。

(二)、仮りに本件労働契約が期間の定めある契約であったとしても、七年の長期にわたり契約更新に及ぶ本件においては更新拒絶は実質上解雇と同視すべく、したがって更新拒絶には解雇に関する諸法制、諸規定に照らし正当事由の存在を必要とするところ、本件更新拒絶には正当事由がないから無効である。

(三)、債権者は日本共産党の党員であり、債務者会社の従業員に対し、独立、民主、平和、中立、生活向上の日本を作ることを宣伝説得に努めてきたものであるが、これを嫌悪した債務者会社は債権者を排除するため本工に採用せず、期間満了による契約終了を口実に更新拒絶の意思表示をしたもので、まさに思想信条による差別的取扱いであり、権利の濫用として無効である。

三、そこで債権者は従業員の地位確認等の訴を起こすべく準備中であるが、債権者は賃金収入により生活しているうえに、債務者会社の寮に居住しているので、本案判決の確定を待っていては回復できない損害を蒙るので本申請に及んだ次第である。

と陳述した。

債務者代理人は、「債権者の申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との裁判を求め、答弁として、債権者主張事実中債権者が債務者会社神戸工場の従業員であったこと、昭和三四年四月に期間を定めて労働契約を締結したこと、債務者会社が昭和四一年二月二五日に債権者に対し労働契約は同月末日をもって終了し、以後は更新しない旨の意思表示をなし同年三月一日以後の就労を断ったこと、以上の各事実は認めるが、その余の事実は争う、債務者会社が債権者に対しなした本件労働契約更新拒絶の意思表示は固より有効である。即ち

一、債務者会社では二ヶ月の期間を定めて労働契約を結ぶ定期工なる制度があり、二ヶ月の期間満了後も業務の必要があれば契約を更新して引続き定期工として雇傭し成績優秀な者は選考により所謂本工として、期間を定めない労働契約を締結する途が開かれていた。しかし、昭和三九年秋に右制度を改正することになり、定期工として採用された者は、雇傭期間を一ヶ年とし、この期間満了の時点で各人について選考を行ない、適格者を本工として採用し、不採用者は期間満了により退職することとし、従来のような定期工の契約更新の制度を廃止することにした。

二、右の改正を昭和四〇年三月一日から実施することにしたが、改正時に在籍する定期工の処置として、同年二月末日までの期間を定めた定期工としての労働契約を締結し、二月に全員を対象に本工採用の選考を行ない、合格者を本工として採用し、不採用者は退職すること、不採用者に対する特例としてその意思により改正後の制度の下での定期工として一年間の契約を結ぶことにした。

三、債権者は二ヶ月の期間を定めた契約により就業する定期工であり、昭和四〇年二月末までに本工に採用されることなく依然として定期工であった。債権者は、その頃、昭和四〇年三月一日付で期間を昭和四一年二月二八日までとする労働契約を結んだが、右契約が改正後の定期工制度の下での定期工として、すなわち期間満了時に本工として採用されない時は期間満了により契約は終了して退職するものであることを了解していた。そして、債権者は右期間内に本工に採用されなかったので、昭和四一年二月二八日をもって本件労働契約は終了したものであり。更新拒絶の意思表示は有効であるから債権者の本件仮処分申請は却下せらるべきものである。

四、なお債権者の昭和四〇年一二月の給与合計は二万九六五二円で保険・公課を控除した現実支給額は二万六〇九四円、昭和四一年一月の給与合計は二万七六六四円で現実支給額は二万四四八九円二月の給与合計は二万六六九三円で現実支給額は二万一九四三円である。

と陳述した。

疎明≪省略≫

理由

一、債権者が昭和三四年四月に債務者会社に雇傭せられ二ヶ月の期間を定めた労働契約書を差入れ爾来従業員として同会社神戸工場に勤務し居たこと、昭和四一年二月二五日、債務者会社は債権者に対し労働契約は同年二月末日をもって終了し以後契約を更新しない旨の意思表示をなし、同年三月一日以後の債権者の就労を拒否していること以上の事実は当事者間に争のないところである。

二、債務者は、昭和四〇年二月ごろ、債権者が債務者会社との間に期間を同年三月一日から昭和四一年二月末日までとする労働契約を締結した旨主張するので判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、

(一)、債務者会社には、従来二ヶ月の期間を定めた労働契約により就労する定期工なる制度があり、二ヶ月の期間満了後も契約を反覆更新して定期工のまま継続的に就労させることもあり、定期工のうちから選考により本工に採用されることもあった。ところが債務者会社において昭和三九年秋ごろ、定期工として長期間在籍することが雇傭管理上都合が悪いという理由から右定期工制度を改め、

(1)期間を一年間とする。(2)期間満了後は契約を更新しない。(3)期間満了前に全員に対して本工採用の選考を行う。(4)昭和四〇年三月一日から実施する。

但し、経過措置として当時定期工として在籍する者については(1)昭和四〇年二月末日をもって期間満了とする労働契約を結ぶ。期間満了前に全員を対象に本工採用の選考を行う。(3)右選考の際本工に採用されることなく期間満了により退職しなければならない者でも、希望すれば改正後の定期工として一年の期間を定めた労働契約を締結することができる旨定めたこと。

(二)、債権者は昭和三四年四月に定期工として債務者会社に入社してから契約の更新を反覆継続して同四〇年二月に至ったが、その頃債務者会社において債権者を含む定期工を対象として本工採用の選考が行われた。同月二七日、債務者は労働課に呼出され、本工に採用されなかったことを告げられたうえ、改正後の定期工制度について係員から説明をうけた後、三月一日から翌年二月二八日までの期間を定めた契約を締結するか否かと問われたが債権者は、自分は技能、勤務態度等において他の定期工より劣ることなく、むしろ通常より優れてよるのに本工に採用されないのは偏えに共産党員であるためだと推量し、それならば右の契約を結んでも本工に採用される可能性は全くなく、一年の期間満了により契約は終了せざるをえないと考えたので簡単に同意することなく係員に対し本工に採用されない理由を質し、それをめぐって約四時間にわたり係員と話合った末、結局同日五時すぎ頃、期間を昭和四〇年三月一日から同四一年二月二八日までとする労働契約書に署名押印したものを労働課に提出したこと

以上の各事実を認定することができ、債権者本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。そうすると、本件労働契約は期間の定めある契約と謂うべく、期間の定めのない労働契約であることを前提とする債権者の主張は爾余の判断をなすまでもなく既にこの点において失当であり、右主張を採用することはできない。

三、≪証拠省略≫を総合すると、債権者は債務者会社に入社した当時は起重機運転工、その後は操車工として本工と同一内容の作業に従事してきたこと、債権者は債務者会社に入社以来二ヶ月毎に労働契約を更新して昭和四〇年二月末に至ったことが認められ、昭和四〇年二月二七日債権者、債務者会社間において一ヶ年の期間を定めた労働契約が締結せられたことは前段二、において認定したとおりである。

叙上の事実を総合考察するときは本件の如き場合において債務者会社が債権者との雇傭関係を消滅せしむるためには期間満了の際に更新拒絶の意思表示をなすことを必要とし、しかも右拒絶につき従業員の解雇に準ずる正当事由の存在を必要とするものと解するのが相当である。

ところで本件について正当事由の有無について判断するに、債務者会社のなした前掲労働契約更新拒絶の意思表示が従業員の解雇基準に該当する事実の存在を理由としてなされたものでないことは弁論の全趣旨に徴し明らかであり、債務者は更新拒絶の理由として本工に採用されなかったことをあげており、本工不採用の事実は債権者も認めるところであるが、≪証拠省略≫を総合すれば、債権者は債務者会社に入社後約七年近くの間、一度の欠席、遅刻、早退もなく、また問題となるような仕事上のミスもなかったこと、技能は優秀、勤務態度も良好であったこと、本工採用となるための最低資格である身体検査、知能テストについては不適格事由がなかったこと、債権者は昭和三六年末ごろに共産党に入党し現在に至っていること、また債権者はその所属している運輸部の同僚、上司から共産党員である限りは本工に採用されないから、本工になりたければ脱党し、思想を変えよとすすめられたこと、債務者会社の定期工のうち、技術勤務態度の優秀な者で共産党員である者が本工に採用されない事例がある反面、共産党員であっても脱党した後には本工に採用されている事例があること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する疎明はない。

ある定期工を本工に採用するか否かは債務者会社の経営権の一環として自由裁量の範囲内であることは勿論であるが、叙上認定の各事実を総合考察するときは、債務者会社は共産党員を嫌悪し債務者会社からこれらを排除しようとする意図であること明白であり、債権者についても共産党員であるが故に本工に採用されなかったものと推認せざるを得ない。

然らば債務者会社のなした前掲更新拒絶の意思表示は正当事由を欠く無効のものというべく、債権者はなお債務者会社の従業員たる地位を保有し居るものと謂わなければならない。

四、そうだとすると本件被保全権利は疎明があったものというべきであり、その保全の必要性についても債権者本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

而して債権者の平均賃金については当事者間に争のない一ヶ月金二万四一七五円の範囲で認めることとし、保証をたてさせないで本件仮処分申請を認容すべきものとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関護 裁判官 熊谷絢子 裁判官石田実秀は転勤につき署名捺印することはできない 裁判長裁判官 関護)

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